グオー!ドドドドドド!一段と大きくなったエンジン音の中、荷物のバケツリレーが始まりましたよ。お待たせしました、いよいよ初渡磯ですね。4〜5人が先に磯へ渡っていますね。中さんは舳先から磯の研究会の人達に荷物を手渡しています。私達はバケツリレーで中さんに荷物を送りましょう。あれ?誠は何所へ行っちゃったんだ?バケツリレーに参加してませんね。「荷降ろしは皆で協力するんだ」って中さんに教わっているのに・・仕方の無い奴ですね。きっと、後で中さんに怒られますよ。おっと、そんな事より荷物を送らなきゃ。 「おし、たけちゃん、こっち渡れや」 磯ブーツのスパイクがガリッ!と音を立て、足の裏に硬い感触を伝えます。アームストロング船長の足跡どころではありませんよ。心臓はエンジン音を掻き消す程に高鳴っています。膝はガクガク、頭の中は真っ白、中さんの腕にしがみついて腰を「くの字」に曲げたへっぴり腰です。中さんを拝んでいるようにも見えるでしょう。 「たけちゃん、大丈夫かぁ?」 何はともあれ渡磯できましたね。本を読んでは驚かされ、中さんに教わっては脅かされた最も危険な作業。なんとか無事に終わりましたよ。 車中での中さんの言葉が思い出されますね。はい、怖かったんです。足が竦みそうでした。でも言えませんでした。怖くて声が出ませんでした・・・ゴメンナサイ・・・ おや?いましたねぇ。もう、あんな所で寛いでいますよ。 あっ、そうか。そうなんです。誠は昔から山登りが好きなんですよ。ザイルとカメラを担いでアルプスを歩く奴なんです。そんなことが役に立つんですね。それじゃぁ、超ド級初心者は私だけ?もしかして、私一人が足を引っ張っていた?・・・恥ずかし〜〜 中さんに釣り座を決めてもらいましたよ。大きなテラスですね。 カキーン、カキーン。おや?変な音がしますね。アララ、また誠ですよ。磯をハンマーで叩いていますよ。何をやってるんですかね。 さて、誠の不可解な行動は放っておいて、私達は仕掛けを作りましょうか。新品の磯竿に新品のリールをセットしましょう。リールには2号の道糸です。先日、女房に手伝ってもらい、巻いた道糸なんです。・・「ねぇ、アンタ。昔の毛糸紡ぎぃ思い出すなぃ。」ハハハ、皆さんご存知ですかねぇ。昔、兄さんや姉さんのセーターを解して毛糸玉を作ったんですよ。よく手伝わされたものです。女房と二人で道糸を巻く姿が、それに似ているんですよ。・・ さあ、道糸をガイドに通したら、竿を伸ばす前に仕掛けを作ってしまいましょうね。ビーズ玉、中通しウキ、ゴム管を入れる人もいるらしいですね。サルカンを付けて、いよいよハリスです。その後は鉤ですね。外掛けにしようかな、内掛けにしようかな、漁師結びなんてのも覚えちゃったぞ。ワクワクしながらサルカンにハリスを通し、クリンチ・ノットを始めた瞬間! テラスに静けさが戻った頃、恐る恐る顔を上げると、そこには誇らしげな誠の笑顔が待っていますよ。右手にはロープが巻かれていますね。そのロープはハーケンを巻きつけ、先端には誠の荷物が力強く結ばれていますよ。何結びなんでしょうかね。いやいや、それどころではありませんよ。私の荷物はどうなったんでしょう?磯竿一本、女房と道糸を巻いたリールひとつ、ビーズ玉ふたつ、中通しウキひとつ、サルカンひとつ、ハリスひと巻き、そして私ひとり・・・残っていたのは、これだけですよ。新品のバッカンも、新品の仕掛け一式も、船長に解凍してもらっていたオキアミも、あっバケツも無い。みんな流されちゃいましたね。あぁ、もう釣りにならない・・あぁ、こんなに綺麗な海を汚してしまった。いろいろな思いが頭の中を駆け巡っているんです。 さてはて、初挑戦の沖磯とはいえ、どうなる事やら・・・
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