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山人、海を行く〜洗礼〜
2003/01/10

グオー!ドドドドドド!一段と大きくなったエンジン音の中、荷物のバケツリレーが始まりましたよ。お待たせしました、いよいよ初渡磯ですね。4〜5人が先に磯へ渡っていますね。中さんは舳先から磯の研究会の人達に荷物を手渡しています。私達はバケツリレーで中さんに荷物を送りましょう。あれ?誠は何所へ行っちゃったんだ?バケツリレーに参加してませんね。「荷降ろしは皆で協力するんだ」って中さんに教わっているのに・・仕方の無い奴ですね。きっと、後で中さんに怒られますよ。おっと、そんな事より荷物を送らなきゃ。

「おし、たけちゃん、こっち渡れや」
荷降ろしは終わりましたね。中さんが磯に渡り、私に手を差し伸べてくれています。中腰で舳先に近づくと、そこは思ったより大きく揺れていますね。しかも、舳先は見た目より細く感じますよ。もう中腰と言うより四つん這いに近い状態ですよ。こんな姿は女房子供に見せたくありませんね。只でさえ大きなエンジン音と荷降ろしの慌しさで興奮しているのに、舳先のタイヤがギシギシ音を立て、私の膝を震わせますよ。
「慌てんなゃ。ゆっくりでいいかんな」
中さんの言葉に少しだけ気を落ち着かせ、さあ、渡りましょう。
「よいしょ!」渡ったぁ!

磯ブーツのスパイクがガリッ!と音を立て、足の裏に硬い感触を伝えます。アームストロング船長の足跡どころではありませんよ。心臓はエンジン音を掻き消す程に高鳴っています。膝はガクガク、頭の中は真っ白、中さんの腕にしがみついて腰を「くの字」に曲げたへっぴり腰です。中さんを拝んでいるようにも見えるでしょう。

「たけちゃん、大丈夫かぁ?」
頭の上から中さんの声。精一杯の笑顔を作って見上げます。
「あははは〜、たけちゃん、あに泣きそうな顔してるだぁ。もう大丈夫だから手ぇ放せやぁ」はぁ〜?泣きそうな顔?これが今の私の精一杯の笑顔なんですケド〜・・・

何はともあれ渡磯できましたね。本を読んでは驚かされ、中さんに教わっては脅かされた最も危険な作業。なんとか無事に終わりましたよ。
「磯ぉ渡る時ゃ、怖かったら怖いっつえよ。もっと楽な磯ぉ渡ったっていいだからな。他の衆に遠慮するこたぁ無ぇだで。足ぃ竦んじまえば危ねぇかんな。怪我でもした日にゃぁ目も当てらんねぇど」

車中での中さんの言葉が思い出されますね。はい、怖かったんです。足が竦みそうでした。でも言えませんでした。怖くて声が出ませんでした・・・ゴメンナサイ・・・
あっ、そうだ。誠はどうしたんでしょう。バケツリレーにも協力しないで。中さんに怒られますよ。中さんは怒ったら怖いんですよ。
「お〜い、たけちゃん。こっち来いやぁ」

おや?いましたねぇ。もう、あんな所で寛いでいますよ。
「おい、誠ぉ。あにやってるだぁ?荷降ろしは手伝えって中さん言ってただねぇかぁ」
「オラァ手伝ったでやぁ。たけちゃんがリレーしてる頃ぁこっちで荷物ぅ受けてただでぇ」
え?ってことは先に磯に渡ったんですかねぇ。でも、誠だって沖磯は初心者の筈です。一人で渡ったんですかねぇ。
「オイは一人で渡れただ?」
「あはは、オラァ山ぁやってんかんな。こんなん平気だで」

あっ、そうか。そうなんです。誠は昔から山登りが好きなんですよ。ザイルとカメラを担いでアルプスを歩く奴なんです。そんなことが役に立つんですね。それじゃぁ、超ド級初心者は私だけ?もしかして、私一人が足を引っ張っていた?・・・恥ずかし〜〜
「それにしたって、たけちゃんのへっぴり腰にゃぁ笑ったなぃ」・・・あっ、ダメ押しされた・・・う〜ん、チョット悔しいですね。誠に一歩リードされた気分ですよ。よ〜し、こうなったら釣りでお返しをしましょう。

中さんに釣り座を決めてもらいましたよ。大きなテラスですね。
「オイ達はここで釣ってれやぁ。ここなら危なくねぇでな」
切り立った足元には、今まで見たことのないような激しいウネリが音を立てていますよ。時折、小さなしぶきが足元を濡らしていますね。朝は、静かに明け始めました。海は体中に受け止めた朝陽を、四方八方、奔放に撥ね返しています。空の静と海の動が奇妙な世界を作り出しているようですね。山では感じることの出来ない、海の早い朝ですよ。

カキーン、カキーン。おや?変な音がしますね。アララ、また誠ですよ。磯をハンマーで叩いていますよ。何をやってるんですかね。
「誠ぉ、あんしてるだぁ?」
「ハーケン打ってるだでぇ」
はぁ?ハーケン?ここは槍ヶ岳かぁ?

さて、誠の不可解な行動は放っておいて、私達は仕掛けを作りましょうか。新品の磯竿に新品のリールをセットしましょう。リールには2号の道糸です。先日、女房に手伝ってもらい、巻いた道糸なんです。・・「ねぇ、アンタ。昔の毛糸紡ぎぃ思い出すなぃ。」ハハハ、皆さんご存知ですかねぇ。昔、兄さんや姉さんのセーターを解して毛糸玉を作ったんですよ。よく手伝わされたものです。女房と二人で道糸を巻く姿が、それに似ているんですよ。・・

さあ、道糸をガイドに通したら、竿を伸ばす前に仕掛けを作ってしまいましょうね。ビーズ玉、中通しウキ、ゴム管を入れる人もいるらしいですね。サルカンを付けて、いよいよハリスです。その後は鉤ですね。外掛けにしようかな、内掛けにしようかな、漁師結びなんてのも覚えちゃったぞ。ワクワクしながらサルカンにハリスを通し、クリンチ・ノットを始めた瞬間!
ドゥォドドドゥォーン!地を這う、いや、磯を震わす轟音。振り返れば、見上げる程の水柱。何だぁ?ズァザザザザザァー!バケツをひっくり返すとは、この事なんでしょうか。安全な筈の私達のテラスは、凄まじい波の急襲に見舞われたんですね。私は頭を抱え、蓑虫のように縮こまるばかりですよ。

テラスに静けさが戻った頃、恐る恐る顔を上げると、そこには誇らしげな誠の笑顔が待っていますよ。右手にはロープが巻かれていますね。そのロープはハーケンを巻きつけ、先端には誠の荷物が力強く結ばれていますよ。何結びなんでしょうかね。いやいや、それどころではありませんよ。私の荷物はどうなったんでしょう?磯竿一本、女房と道糸を巻いたリールひとつ、ビーズ玉ふたつ、中通しウキひとつ、サルカンひとつ、ハリスひと巻き、そして私ひとり・・・残っていたのは、これだけですよ。新品のバッカンも、新品の仕掛け一式も、船長に解凍してもらっていたオキアミも、あっバケツも無い。みんな流されちゃいましたね。あぁ、もう釣りにならない・・あぁ、こんなに綺麗な海を汚してしまった。いろいろな思いが頭の中を駆け巡っているんです。

さてはて、初挑戦の沖磯とはいえ、どうなる事やら・・・

つづく・・・