彼女に会いたくて・・・
2002/11/15

「父ちゃん、3時だで。起きてよ」
「う〜ん、何だぁ?」
「今日は会いに行く日だで」「あぁ、そうだなぃ。会いに行くかぁ。それにしてもオメェ、毎週よく起きれるもんだわなぁ」

実は二ヶ月程前、息子の大と東沢に入ったんですよ。遡行の練習も兼ねて、小学生の大には少しばかり難しい東沢を選びました。この沢は放流があまりされていないようで、居着き岩魚が多いんですね。尺を超すような岩魚には会えませんが、腹と斑点の黄色い綺麗な岩魚が棲んでるんです。

20cm前後の可愛い岩魚と遊びながら、沢を上って行きましょう。藪を掻き分け、倒木を潜り、岩によじ登って・・・ 山も沢も魚も、みんな遊び相手ですよ。そこにあるもの全てが私達を楽しませてくれているようですね。

以前から気になっていた弛みに出ましたよ。流れは見上げるほどの岩にぶつかり、その岩を包むようにSの字を描いていますね。その下には程好い弛みが見えるでしょう?沢沿いの小さな砂地がテラスのようですね。
「大、朝飯にすっかぁ?」
「ウン、腹減ったぁ」
背中の弁当を降ろして、腹ごしらえをしておきましょうよ。今日は夕方まで釣り続けますよ。

「大、今朝は結構出たなぃ。オイは幾つ出ただ?」
「オラァ12〜3かなぁ。でも、持って帰ぇるようなの出ねえで」
「そうさぁ。ここは居着きっきりだでや。そんなんデッケェのは珍しいど」
「ふ〜ん、本沢ならデッケェのが棲んでんのになぁ」
「そうだなぃ。だけど、みんな綺麗だっただず?昔っからの魚は、あんな風にみんな腹が黄色いんだで。爺ちゃんが子供ん頃なん、そんな魚っきりだったらしいで」
「ふ〜ん、そう言やぁ父ちゃん、顔ん真っ黒の魚が出たでぇ」
「ほ〜ぅ。そりゃぁ、いい魚だわ。居着きの親分かも知んねぇな。ハハハ」
「前に父ちゃんと行った春日の沢はさぁ・・・」
「うん、うん・・・」
握り飯を頬張りながら、息子も釣人の端くれですねぇ。魚の話となれば、目を輝かせていますよ。算数の話で、これほど盛り上がれば息子の成績も良くなるんでしょうが・・・ まぁ、親が親ですからねぇアハハ・・・ zen先生にお預けすれば何とかなりますかねぇ? 

「大、見てみぃ!いるど!」
テラスの上流の岩、そのエゴからユラッと影が動いたんです。ゆっくりと、ゆったりと、だけど力強く、弛みを下って来ましたよ。尾鰭を音もなく左右に振りながら私達の目の前を通り過ぎ、反転し・・・対岸の沈み石の向こう側に付きましたね。
「デケェ。尺上だわな・・・」
「父ちゃん、デッケェのはいねぇっつっただねえか!」
「シーッ!騒ぐな。こんなん、初めてだわ」
「大、仕掛けぇ作り直せ。オラァの籠に一号があるからなぃ。通しで一尋半にしろや。鉤は岩魚8号だな。キジはデッケェの選べよ」
「う、うん」
この沢にこの岩魚ですよ。久しぶりの興奮ですね。息子が仕掛けを作り直す間、沈み石から目を離してはいけませんよ。黒い影が動いたら、教えて下さいね。こいつは釣りましょうよ!

「大、仕掛けぇ出来たか?」「これでいいだ?」 「よし、流してみれや」
ポトッ、スゥーッ。「食わねぇか?」「ダメだわぃ。」
「オラァが見ててやるからな、少し流してみぃ」「うん」
ポトッ、スゥーッ。ポトッ、スゥーッ。ポトッ、スゥーッ。
「だめだぁ。貼りっ付いちまったなぃ」「父ちゃん、どうすんだ?」
「二時間も待ってりゃぁ、食い気も出るだず」「そうだなぃ」

ここからは我慢比べになってしまいます。 私達は気配を消すべく、魚は身を消すべく・・・

「ダメだなぁ。もう何時だぁ?」
「もう4時だで。父ちゃん、夕方も狙うだか?オラァ腹ぁ減ったでぇ」
「そうさなぁ。今日はやめるかぁ」
「父ちゃん、あの子は居着きだだか?」
「そうさぁ」
「会いてぇなぁ」
「そうかぁ。会いてぇかぁ。ほんじゃぁ、来週も彼女に会いに来るかぁ?」
「彼女?」
「おう、ありゃぁ彼女だで」
こうして、彼女への想いを、息子と共にしてしまったんです。

彼女に出会えるのは二ヶ月も先の話なんですがね。
次は、そんなお話にしましょうね。

つづく・・・