パパはお百姓
オラァが三十代の頃ぁウチには必ず誰か居たわなぃ。オラチは鍵なんてかけた事ねぇし、だいたい車がこっちに向かって来りゃぁオラチの客だわい。オラチの奥に家なんか無ぇもんな。オラァが仕事から帰ってくると、必ず誰かが酒飲んでんだわ。大工やら、土建屋やら、百姓やら。何所で見つけてきたんだか、若ぇネエチャンも居るんだわさ。ウチで会って結婚しちまった若ぇ奴もいるしな。
酒飲みでなきゃぁ分かんねぇかも知んねぇけど、酒は仲間ぁ増やすで。酒と上手く付き合えりゃぁイッパシってか?

仲間の百姓が一人で街に飲みに行ったんだと。
そいつぁ根っからの百姓で、会社勤めなんかしたことねぇんだわ。三十半ばで嫁もねえし。婆様と二人暮しなんだわ。酒が好きでなぁ、オラチに来る時ゃ必ず一升瓶提げて来るでな。
そいつが何考えてんだか、街の飲み屋で酔っ払って名刺を配って歩いたらしいわ。シコタマ酔っ払ってたらしいでぇ。カミサンの知り合いの飲み屋のネエチャンがウチに飲みに来た時、その名刺を見してもらったんだわ。
笑っちゃったで。肩書きが「百姓」。
奴ぁ、名刺が欲しかったんかなぁ。配ってみたかったんかなぁ。誰にも内緒で名刺作って、一人で酔っ払って配ってたっつんだから、なんだか可笑しいやら悲しいやら・・それにしても、何所で名刺を作ったんだか。未だに言わねぇ。これだけは酒飲ましても言わねぇな。
今じゃぁ、子供に「パパ」って呼ばせてる百姓だわさ。