半被のある風景
photogarrery k こころの旅より

「だだいまぁ。」
ひょいとくぐった物干し竿
婆ちゃんの石鹸と陽の香りがする物干し竿
去年より少しだけ低くなった気がする

「おぉ、たけぇ遅かっただねぇか。」
爺ちゃん、奥の座敷で徳利を傾けながら目を細くしてますね。
今日は特別な日なんですよ。
親父も叔父ちゃんも仕事を休んで、みんな爺ちゃんの家に集まって、祭りの準備なんです。
お袋も叔母ちゃんも婆ちゃんの土間で煮物を作ったり酒を燗したり、大忙しなんです。
「ほら、たけちゃん、早くしねぇと・・」
「あ、叔母ちゃん、昼飯ゃ食ってきたで。」
「学生服はそこらに置いときなぁ、後でたたんどくでな。」
「うん。」

「たけ、こっち来いや。」
奥の座敷、襖の向こうで親父が呼んでます。
「あれぇ?親父ぃ、あんちゅう格好ぉしてるだぁ。」
黄ばんだワイシャツ・・
しわくちゃなネクタイ・・
正座した黒い礼服は膝が光ってますよ。
「たけぇ、オラァ今年から世話役だでなぁ、こん格好ぉだだよ。」
「・・・」
「今、爺ちゃんと話してたんだけどなぁ、こん半被ぃ、今年からオイが着れやぁ。」
「え・・・」
裾の長い分厚い半被
襟も袖もささくれだった分厚い半被
毎年々、祭りの度に・・婆ちゃんが洗濯板に乗っける度に・・色褪せてきた分厚い半被・・
光った親父の膝の前にたたまれてる
「たけぇ、頼むでなぁ。」

親父に初めて頼まれただよ
爺ちゃん、目を細くしながら徳利を傾けたわぃ
婆ちゃん、半被を広げてオラに袖通してくれたわなぁ
お袋、徳利を三本持ってきたで
オラァそのまんま胡坐ぁかいて・・
爺ちゃんの真ん前で胡坐ぁかいて・・
爺ちゃんが傾けた徳利に杯ぃ出しただよ
この年ぃオラァの汗がこん半被に初めて染みただよぉ・・

昔々の話さねぇ・・