愛すべき釣り人達〜かよ〜
2003/04/16

「かよ」は東京から嫁入りした、我が家の娘なんです。
東京では大層可愛がられていたらしく、椿油の薄化粧での嫁入りでした。しなやかで上品な顔立ちは、私の心を一瞬で奪うのに充分でした。

「お〜い、アルたけ。呑んどるか?」・・アルたけ。ははは、私のことです・・
「うん、お?太公ちゃんも呑んでるね」
「おう、ガブガブじゃ・・うっぷ・・」・・は〜、太公望さんは酒が強いなぁ・・
「アルたけ、今日は話がある」・・え?話?・・
「ここに1本の和竿がある」・・うん・・
「ヤマベ竿ではあるが、未だ水辺に立った事の無い竿だ」・・ありゃ、未使用なのね・・「コイツに渓を見せたい。どうだろう、協力せんか?」・・協力ったってねぇ・・
「この娘、長野へ嫁に出す事にした」・・は?・・
「可愛がってやってくれ。是非、渓を見せてやってくれ」・・はぁ・・

こんな話が始まりだったんです。太公望さんが持っている和竿、竿尻から穂先まで竹作りのヤマベ竿が未使用なんだそうです。太公望さんはその竿が持つ本来の使命ってのかな・・あるべき場所で、あるべき姿を・・竿が幸せに暮らせる場所を探していたようなんです。
「お〜い、アルたけ。呑んどるか?」・・毎晩ですよ〜・・
「おう、今日はちょいと酔ってるなぁ」
「ははは、良いことじゃ・・で、娘だがな、岩魚も釣れるじゃろか」
・・たぶん、大丈夫だね・・
「ほ〜、よし、決めた。アルたけに嫁に出すぞ。幸せにしてやってくれ」・・え?マジ?
縁とは奇なもの、道場で知り合っただけの太公望さんから大切な和竿を送っていただく事になったんですよ。しかも、竿に渓を見せてやりたい、渓魚を釣らせてやりたいと云う太公望さんの優しい気持ちがキッカケなんですよ。

先日、私は「和竿」と「たけぱん二段スペシャル竿」を手に横沢の上流へと向ったんです。太公望さんの和竿に居着きの綺麗な岩魚を見せたくてね。半年以上ぶりの横沢上流。北斜面はまだ白く、小楢たちは寒々と手足を震わせていますね。沢は雪解けが始まり、青い濁りの中に白泡を見せながら流れ落ちていますよ。この流れの中で岩魚達は冬を越し、聞こえ始めた春の声に胸を高鳴らせているのでしょうね。南斜面はちょっと景色が違いますね。薄茶色の山肌が来るべき春を待ち焦がれていますよ。中流域の陽だまりにはフキノトウも見えますね。林道が消えたその先は、初夏からはとても歩けない藪沢になってしまうんですよ。半分以上は、山登りの沢釣りになるんですね。木々が葉を落としている今が旬、ですかね。

朝7時頃に入渓し、「たけぱん二段スペシャル」を手にお昼頃まで遊んだんです。居着きの綺麗な岩魚達は、胃袋をパンパンにしながらも私の川虫に飛びついて来ますよ。冬の間、ジッとお腹を空かせて待っていたんでしょうね。夢中になって、流れ落ちてくる小さな虫を貪っているようですね。握り飯をいただいて、早めに下りましょうか。今日は特別の日ですからね。沢沿いに山を下り、林道に出る50m程上からは沢を離れ、山中を歩きましょうね。歩くと云うより這うですかね。結構キツイ斜面になりますよ。林道に出ました。さて、今日のメインディッシュの始まりですね。林道から30m程は朝も竿を出していません。帰りも遠回りをしましたね。つまり、林道から30mは荒れていないことになるんですよ。

竹竿を継ぎ、いよいよですね。少し開けた小さな溜りにしましょうか。竹竿を持っての沢登りは難しいですからね、溜りで粘ってみましょうよ。餌は川虫ですよ。一番釣れる餌ですね。和竿のデビューには持って来いでしょう?そしてね、道糸は0.8号、目印は鮎用のピンクを二つ、ハリスは鮎用の0.3号、錘は付けません。鉤はフライの12番、岩魚鉤より遥かに小さいでしょう。「和竿デビュー完全ゼロ仕掛け」ですよ。とっても軽い仕掛けですね。これで川虫はとても自然に流れに乗ってくれるでしょうね。落ち込みの白泡に、そっと仕掛けを馴染ませましょう。川虫は白泡に揉まれ、勢いよく流れ落ちますよ。白泡が消え、トロッとした流れに川虫が辿り着く緊張の瞬間、クンッ!仕掛けは上流に戻されます。
「おしっ!」アワセを入れると、ギュッと竿が絞り込まれます。「やばっ、負けちまう・・」と思った瞬間、和竿はその「しなやかさ」を全身で表現していましたよ。ほとんど直角に立てていただろう竿尻に、ブルブルと岩魚の動きを伝えながら綺麗な居着きを私にプレゼントしてくれたんです。「うわぁ、凄げぇ竿だなぃ。」

「お〜い、アルたけ。呑んどるか?」・・はは、太公ちゃんだ・・
「やったな。じあい、見たぞ。うん、綺麗な岩魚じゃ」・・何だか照れくさいなぁ・・
「で、『かよ』はどうじゃった?」・・最高だよ・・
「そうか、幸せな竿じゃ。わしも安心した」・・太公ちゃん、「かよ」は大切に育てるよ・・

「かよ」は東京から嫁入りした、我が家の娘なんです。
東京では大層可愛がられていたらしく、椿油の薄化粧での嫁入りでした。

太公ちゃん、もう一度だけ・・・「かよ」に・・・乾杯!