アハハ・・「もじり」なんてもう死語なんでしょうかねぇ。子供の頃、近所に住んでいた毛鉤名人の爺ちゃんが使っていたんです。懐かしい響きの言葉で大好きなんですよ。「もじり」はね、ライズを指しているんですよ。 「私はイブニングライズに向け、お気に入りのドライフックをそっとプレゼンテーションした。興奮冷めやらぬトラウトの突然のアタックに、フライは一瞬にして消え去る。フィッシュ!フッキングは完璧だ。トラウトのグッドファイトがグリップに伝わってきた。」カッコイイでしょう。フライマンの香りのする言い回しですよね。あの爺ちゃんは、同じ事をどんな風に言うんでしょうね。「オラァは夕マズメのもじり狙いでな、いつもの毛鉤ぃ振り込んだだょ。食いっ気のある山女魚がいきなり出てきたでゃ。ほいって軽くアワセてやっただけどな、いい引きしてたでぇ。」カッコイイでしょう。田舎もんテンカラ師の香りがプンプンしてますね。 「じいちゃん、あにやってるだぁ?」わら葺屋根の陽のあたる縁側で、小さな目を細めながらシワだらけの指先が何か作ってますよ。 トビウオは依田川の中流、武石川との出会いにあるんです。岩だらけの場所でね、山女魚と岩魚が混在する楽しい流れですよ。早速マコちゃんを誘って、夕マズメの山女魚を狙いに行きましょうか。畦道を歩けば、ここから10分程で着きますよ・・・ほら、見えてきましたね。山が途中で崩れたような、切り立った絶壁が見えますか?あの崖の下がトビウオなんです。崖側には入れませんので、馬坂橋を渡って向こう岸から入りましょうか。 おや?爺ちゃん、もう来てますねぇ。大きな荷台の三角自転車が停まってますよ。深緑色の大きな荷台には背負籠が乗ってるでしょう?あれが爺ちゃんの目印なんです。あの籠は魔法の背負籠なんですよ。チョット覗いてみましょうか。春にはね、ワラビ、コゴミ、タラの芽、コシアブラ、トトキ・・・夏になると、トマト、キュウリ、モロコシ・・・秋に入れば、アケビ、イッポン、クリタケ、ジコボウ、ヤブタケ・・・籠の中は何時も一杯ですねぇ。そうだ、今度、爺ちゃんのトマトをご馳走になりましょうか?皮が硬くて香りの強い、美味しいトマトですよ。 「じいちゃん、もう釣ってるだぁ?」 毛鉤はね、とっても軽いんですよ。ちょっとした風がそよいだだけで、フワッと流されてしまうんですね。そんな毛鉤を普通の道糸に付けて振り込んでみましょうか?ヒュッ、フワッ、ヘナヘナ・・・アララ、毛鉤は飛んでくれるどころかヘナヘナと弱々しく足元に落ちてしまいましたね。これでは振り込みになりませんよ。そうなんです、軽い物を飛ばすって事はとっても難しいんですね。新聞紙を、野球ボールの大きさに丸めて投げてみて下さい。腕の振りの速さとは比べものにならないほど弱々しく宙を舞い、すぐ近くに落ちてしまうでしょう?重いボールなら遥か彼方まで投げる自信があるのにね。 毛鉤を遠くまで飛ばすため、先人は面白いことを考えましたよ。「毛鉤が軽くて飛ばないのなら道糸を重くして毛鉤を飛ばそう」ってね。普通の道糸を何本も拠り合わせて、調度いい重さの一本の道糸を作ってしまったんですよ。道糸がまっすぐ遠くまで飛んでくれれば、その先のハリスに付けた毛鉤は道糸に導かれ、気持ちよく飛んでくれる筈ですね。やってみましょうか?ヒュッ、スルスルッ、ポトッ。やった!大成功ですね! まず、9本の尻尾を拠り合わせて60cm程の長さにするんです。次は8本の尻尾、その次は7本の尻尾。こんな具合に、少しづつ太さの違う拠り糸を5本作るんです。その5本を太い方から順に繋いでいきましょう。ほら、60cm間隔にコブを四つ付けた一本の道糸の完成ですよ。竿の穂先には道糸の太い方を取り付けてください。だんだん細くなっていった道糸の先にハリスを結んで、その先に毛鉤を付けましょう。どうです?「和式テーパーラインてんから仕掛け」の完成ですね。 「タケもマコも、よぉく見てれやぁ。こうやって釣るだでぇ」 西洋で生まれたフライフィッシングのテーパーライン、東洋の片隅で生まれたテンカラ釣りの馬素段付き道糸。遥か遠く離れた地で、偶然にも同じ方法で毛鉤を飛ばしていたなんて・・・何だか嬉しくなっちゃいますね。しばらくは、テンカラの話でもしましょうかね。
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